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![]() ■ロードムービーに欠かせない要素、旅先での人々との出会い、別れ。列車、路線バスでの旅はまさにロードムービー。 |
地の果て ランズエンド。直訳すると「地の果て」だ。以前見たBBC放送制作のドラマにこんなものがあった。定年後、自分の可能性を試すため旅に出る初老の男。彼の出発地が英国のランズエンド岬だった。目的地はスコットランドの最北端の岬。リュックを背負った初老の男のロードムービーだ。エンドがスタート、「終わりははじまり」そんな考えが頭のどこかにこびりついていた。いけるところまでいってみよう、そんな気持ちも込めたアトリエのネーミング。そして、いずれはランズエンド岬までの旅を実現させたい、そんなほのかな希望もこめた名前だった。 |
![]() ■家族を連れての旅。一人旅とは違った出会いやエピソードが待っていてくれる。 |
木曽行 1994年。夏の終わりの一週間、木曽路をスケッチ旅行していた。小諸から旅はスタート、海野、馬籠、奈良井、妻籠といった旧街道をぶらつく旅だった。木曽路を選んだ理由は今となってはよく思い出せない。宿場のもつノスタルジックなイメージに惹かれて、そんな程度の理由だったような気がする。けれど、旅自体はちょっとしたカルチャーショックだった。知ったつもりになっている日本。その思いこみは見事に覆された。ことに、町並、文化は「残す努力」を怠ると、時の彼方へと消え去ってしまうものだということを痛感。おもわず自分の育った東北の町々を振り返っていた……。 十数枚のスケッチを通して木曽路の旅が教えてくれたものは、自分が住む東北には、もしかすると残された時間はあんまりないんじゃないか、という漠然とした不安感だった。 もちろん不安感だけが収穫だったわけではない。気に入った場所に腰を下ろして好きな絵を好きなように描く心地よさ。スケッチの楽しさもまた木曽行で得たものだった。風景に心の琴線がふれる心地よさ。気持ちのおもむくままに鉛筆を走らせているときの、自分が対象にとけ込んでゆく感覚。自然や景観との一体感。はじめて絵を通して経験した感覚だった。いつの日か、気に入った場所で好きなだけスケッチをする旅に出よう。次の目的が漠然と形になっていた。 1997年、春、体調を崩し、医者通いをしていた。医師のアドバイスは「好きなことをするのが一番のクスリ……。」ランズエンド岬ヘ旅に出よう、自分勝手な心がまたささやいた。気に入ったところで好きなようにスケッチしてこよう。旅程は十日間。リュックサックを背負いスケッチブック抱え日本を後にした。 |
![]() ■旅先での食事は、地元の人が使うような店が定番だ。フィッシュ&チップスは英国の旅の楽しみのひとつ。 |
再び英国へ ランズエンドをめざす旅の起点はロンドンパディントン駅だった。空港に着くとまずはパディントン周辺のベッド&ブレックファスト(以下B&B)を予約。迷いながらも何とか宿を探しだしチェックイン。よろよろとした着地だった。翌日ランズエンドがあるコーンウオール地方行きの列車へ乗り込み、旅は始まった。 とりあえず、途中コーンウオール地方の手前、デボン地方の中核都市エクセターに降り立ち、これから訪れる地の情報を仕入れる。出発前にコーンウオール、デボン、ランズエンドといった英国南西部に関する旅の情報は英国観光庁から取り寄せてはいた。けれども、生きた情報となると現地のツーリストインフォメーションにかなうものはない。旅の鉄則、その1、町に着いたらツーリストインフォメーションに向かえ、だ。 インフォメーションは旅の情報の宝庫だ。宿泊ガイドもついでに手に入れ、ぱらぱらとめくり、めぼしい宿に印をつけ、地図を見る。英国に限らずヨーロッパの旅で便利な点が、全ての道に名前が冠されていることだ。○△Way、□◇×street……。ガイドを見て宿を探し住所を確認、地図をなぞる。と、ほぼ場所が特定できるという具合だ。B&Bのドアをたたく。料金交渉、合点がいくと投宿となる。荷物を置いてスケッチバッグをかかえて町へと繰り出す。これが私の旅の日常だ。 エクセターは旅の慣らしにはちょうどよい大きさの町だった。スケッチブックが次々とめくられていく。食事もそこそこに絵を描くポイントを探していた。 |
![]() ■異国の空気の違いを最も感じるのが、空。英国の小説によく使われる「重くたれこめた雲」。納得。 |
プリンスタウン エクセターの宿。ベッドに日本から持ってきていた資料を広げ、次はどこへ行こうか、考えていた。その中に英国観光庁から取り寄せていた気になる一枚の紙切れがあった。そのコピー用紙の上に印刷されている文字は「Dartmoor」。白黒コピーで簡単な紹介だった。連なる丘、石で組まれた何か石碑のようなもの。荒涼とした雰囲気がそのコピーからは伝わってきた。以前、スコットランドを訪れたときのことをなぜか思い出させる風景だった。そのダートムーアはエクセターからバスでほど近い。なぜか心を惹く荒涼とした大地が手が届くような所に広がっている。あらためてツーリストインフォメーションに出向き、最もダートムーアらしいところに泊まりたい旨を伝え宿の手配を済ませ、バス停へと向かった。 バスの行き先はダートムーアのど真ん中、プリンスタウンという小さな村。「グレート・ミス・ロッジ」。それがB&Bの名前だった。ミステリーの古典、シャーロックホームズの「バスカヴィル家の犬」の舞台になった地でもあるダートムーア。そこにあるGreat Misを冠した宿屋。意味深な名前だなあ、そんなことを考えつつプリンスタウンのバス停に降り立った。パブが数軒、小さな村の境界から先には荒涼とした丘陵地帯が広がる。村のツーリストインフォメーションで宿泊予約票を見せ、場所を訪ねると、歩いて一時間程だという。インフォメーションの男性が、簡単な地図を書いて教えてくれた。リュックを背負い、歩き始めた。 |
![]() ■荒野の中、ポツンと民家が立つ。人々が“普通に”暮らしていることが、旅先では“感動”という形で心に迫る。 ![]() ■大地、空、木々は、ひとつだ。 |
ダートムーア 荒野を渡る風の音だけが耳元をかすめていく。聞こえるのは灌木のざわめきと自分の足音だけだ。途中何度か立ち止まり三六〇度に広がるダートムーアを呼吸する。行き交う人もほとんどいない荒野。はじめて訪れるにもかかわらず不思議と不安はなかった。むしろ自分がダートムーアのなかに溶け込んでいくような一体感、何かに包まれるような安心感だ。スコットランド、ウエールズで味わった懐かしい感覚がふたたび体を満たしていた。 「グレート・ミス・ロッジ」はムーアを横切る道筋に、一軒ぽつんと立っていた。宿泊客は自分だけ。窓の外、部屋の前に立つ看板が風に揺れる。夕刻、深い霧が周囲を包み、ダートムーアに一人だけ取り残されたような錯覚を覚える。夜中に風の音で目を覚ました。窓の外をカーテン越しにうかがうと、霧が生き物のように流れていく……。 自分にとってスコットランド、ウエールズ、そしてダートムーアで得た感覚、それは胎内感覚と言っていいのかもしれない。目に見えない何かに包まれている、囲まれているといったらいいだろうか。守られているというには言い過ぎかもしれない。けれど、いずこも空は高く、大地は女性的な曲線を描く。遠目にはきれいだが、近くによると決して美しいだけではない荒々しさも併せ持っている。優しさと厳しさを交互に見せつける気候。はじめて訪れたにもかかわらず「帰ってきたような気がする」場所。 観光ツアー的名所旧跡があるわけではない、何もないといってしまえばそれまでの地だ。しかし強く惹かれてしまう自分を再確認していた。 |
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