![]() ●寄稿者プロフィール ライター/日本映画学校卒業。98年頃からエンターテインメント系媒体で映画紹介、批評などを執筆。 |
《津軽三味線・青春・高橋竹山》 前回、アイルランド・ダブリンを舞台にした映画『ザ・コミットメンツ』を紹介した。音楽(ブルースミュージック)を通してダブリンの若者達の青春を描いた作品だ。そこで今回は、日本・東北を舞台に、前回紹介した作品同様「音楽を通して若者の青春を描いた映画」を紹介したい。新藤兼人監督作『竹山ひとり旅』である。“竹山”と聞いてピンとくる方も多いはず。あの津軽三味線の“高橋竹山”その人である。 高橋竹山の三味線の印象は、昔、東京の岩波ホールで公演された時のある1コマに象徴される。もう一人の三味線名人、木田林松栄とのやりとりの時のこと。津軽三味線奏法の話題で木田林松栄は、「津軽三味線は叩くもんですよ」と言った。それを聞いた竹山は、「何を言ってるんだ。津軽三味線は叩くもんでねぇ! 弾くもんだ!」と言い返したという。いみじくも本人自らが言及しているように、竹山の津軽三味線は、まるで心の内に沸き上がる喜怒哀楽を撥から三本の絹糸へと繊細に確実に伝える(弾く)ことにより表現しているようだ。つまり、唄うように自分の身体から奏でる三味線なのだ。一度でも彼の津軽三味線を聞いたことのある方なら、他の津軽三味線奏者と明らかに異なる、奏法技術だけではどうにもならない‘何か’を感じずにはいられないだろう。では、その‘何か’とは一体何なのか……。その謎は、竹山の人生にあるような気がする。 彼が津軽三味線奏者として世に知れ渡ったのは、晩年も晩年になってからである。その契機は、41才の時、津軽民謡の神様、成田雲竹と出会い、彼の伴奏者として興業を行った時だろう。芸名、竹山を名乗るようになったのもこの頃である。それならば、謎のありかは、41才前、竹山の青年期に目を向けなければ何もわからないのではないか。まるでそんな発想から生まれたような映画が『竹山ひとり旅』である。 この作品は、僅かに語られる幼少期場面を除いて、殆どが竹山の青年期 一 成田雲竹との出会いまでを描いている。映画冒頭、三味線を抱えた一人の男が画面に映し出される。男は、自分のプロフィールを津軽なまりで語り始める。生まれ、失明の経緯等々 一 高橋竹山本人である。暫くして竹山が三味線を奏で始めると、映像は一変し、真冬の雪吹きすさぶ津軽の寒々とした景色が映し出される。映画は、こういった形で時折、ドラマ部分に竹山の東京・ 渋谷ジャンジャンでのライブドキュメント場面とインタビュー(ナレーションとして使われている)が挟み込まれる構成になっている。 全編の印象は、はっきり言って暗く、辛い。それは映画の出来ではない。竹山青年の心の葛藤(多くの人のように、所謂、‘普通’に生きる事ができない自分)がである。映画の後半、理不尽な世間や社会と、優しすぎる故に全てを背負い込んでしまう竹山との摩擦が極限に達する場面がある。三味線を弾くことしか能がない彼は、撥で三味線を突き刺し三味線を残し失踪してしまうのだ。繊細で素直すぎる感受性と世間や社会との摩擦 一 自分自身の在りようへの苦悶 一 からの逃避と、その果てに見つける存在理由。この映画を小難しく考えることはない。これは、まぎれもない青春映画なのだ。青春映画といえば、ほろ苦く甘いレモンチックな恋物語とか、連帯、協調、仲間を過剰に意識させる友情物語などの印象があるかもしれないが、決してそんなものばかりではない。この映画のように、暗く、辛い、何処までも孤独な青春映画もあるのだ。 本作が描く時代は今と明らかに違うため、見る側にはほんの少しの想像力が必要かもしれない。例えば、ボサマという存在だとか 一 。しかし、そういった観る側の作業もまたこの映画を見る意味となるはず。私は、この映画で描かれる竹山青年と彼が奏でた津軽三味線の音色が、一本の線で結ばれるような感覚を覚えたのだが、あなたはどのような感想を持つであろうか。少なくても高橋竹山の津軽三味線を聞き、彼自身に興味を持った方には是非観ていただきたい作品である。
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