![]() ●寄稿者プロフィール ライター/日本映画学校卒業。98年頃からエンターテインメント系媒体で映画紹介、批評などを執筆。 |
2002年6月5日。日韓共催ワールドカップ。アイルランド対ドイツ。1対0とドイツ1点のリード。ドイツは、効率的な攻撃と守護神オリバー・カーンを中心にした鉄壁の守りで、安定感のある試合運びを崩さず後半終了間際までアイルランドにゴールを許さなかった。誰もがドイツの勝利を確信したロスタイムも残り僅かな時間帯、ドラマは起きた。アイルランドのFWロビー・キーンがドイツのゴールネットを揺らしたのだ。 劇的な同点に沸き上がる会場の興奮と歓喜の中、試合終了のホイッスルが鳴った。 2002年ワールドカップの名場面。所謂、“同点劇”。しかし、例えば去年行われたアジアカップの日本代表が成した“同点”、“逆転”劇のそれとは決定的な違いがあった。言葉にするなら、「何」が「それ」を「可能」にしたのかという点である。もちろんこれは、私のアイルランド対ドイツの同点劇の印象であり、あくまでも私の所見として、「何」が「それ」を「可能」にしたのかという両チームの劇的な場面に見られた差異の話である。しかし、アイルランドの同点ゴールは、アジアカップの日本代表の試合には感じることができなかった圧倒的な説得力がそこにはあったのだ。それが私の過剰なる飛躍的な思い込みだとしても 一 。 今回紹介したい映画は、アイルランドに実在した伝説的なジャーナリストを描いた『ヴェロニカ・ゲリン』である。90年代のアイルランドは麻薬が蔓延していた。中毒患者は子供達にまで及んでいたが、政府も警察も司法も対策をとれずに手を拱いていた。そんな社会状況で、ひとりの女性が立ち上がる。ヴェロニカ・ゲリンである。彼女は、ダブリンの週間新聞サンデー・インディペンデント紙の記者で、アイルランドの麻薬社会にペンで立ち向かった人だ。その取材方法は、徹底した現場主義。情報があれば危険な所にも出向く。例えば、この映画で語られる麻薬組織の元締の自宅まで単身突撃取材をするシーンなどは、最も命の危険信号が点滅するような常識では考えられない行動だ。そして、彼女のこの徹底した現場主義が、1996年6月26日の悲劇の契機となってしまう。組織が放った6発の銃弾が彼女の命を奪ったのだ。享年37才。しかし、映画も現実もそこでは終わらない。彼女の死後、奇跡は起きる。民衆が立ち上がり麻薬撲滅の大デモが起きたのだ。それを受けて政府も警察も司法も重い腰をあげることになる。ゲリン殺人事件に関与した人物を次々に検挙され、麻薬など非合法的な手段で得た所得、財産を全て没収する新憲法までもが制定された。それ以降、アイルランドの麻薬絡みの犯罪は激減する。組織が国外へ逃亡したわけだ。1人のジャーナリストの死を切っ掛けに民衆(他のジャーナリスト、メディアも彼女の事件を徹底的に取り上げた)が立ち上がり、国を動かしたのだ。 「ジャーナリズムは可能か」 一 この作品の水底にある問題提起であり、現代のメディア社会にあって、アイルランドで実際に立証された一筋の光明とも言える。少なくともアイルランドでは、「民衆」が「ジャーナリズム」を「可能」にした瞬間がそこにはあった。 果たして我が国ではどうなのか 一 ?この作品で描かれたリアルストーリーは私達に向けられた問題提起としても捉えることができる。2004年5月27日、イラクで戦場カメラマン橋田信介さんがゲリラに殺害された。あと数ヶ月で1年になる。日本において、「ジャーナリズムは可能か」一 もしも可能でないのなら、この国に「何」が欠けているのだろうか………。私には、この映画で描かれた物語とその結実が、先に語った2002年日韓共催ワールドカップ、アイルランド対ドイツの試合にロビー・キーンが起こした奇跡の同点劇の圧倒的な説得力と、まるでひとつの線で結ばれるような気がしてならないのだ。つまり、「何」が「それ」を「可能」にしたのかということの「何」についての話だ。本編を観終わった後、皆さんはどのような感想を持つだろうか……。本作は、観賞後誰かと議論したくなる最近では非常に珍しい映画かもしれない。 さて、最後に今回この映画を取り上げた理由を説明しておく。この作品の製作は、『アルマゲドン』や『パールハーバー』等、超大作をバンバン世に送り出しているハリウッドの売れっ子ジェリー・ブラッカイマー。監督は、これまたハリウッド・メジャー監督のジョエル・シューマッカー(近作では『オペラ座の怪人』が話題)。主演は、『エリザベス』でアカデミー主演女優賞にノミネートされた演技派ケイト・ブランシェット(この映画における彼女の存在は、まるでゲリンがそこにいるかのように素晴らしい)。つまり、本作はバリバリのハリウッド映画で、純然たるケルト映画とは決して言えない。 しかし、製作過程においてブラッカイマーは、全編アイルランドで撮影することを決定すると共に、多くのキャスト、スタッフを現地の人間で固めた。ここに、ブラッカイマーの本作に対する意志を汲み取ることが出来る。つまり彼は、通常のハリウッドスタイルの制作では成し得ない質感を持った映画、まるで「アイルランド映画」を制作したかったのだと思う。私は今回、アイルランドに実在した人物を題材にしているという点はもちろんだが、むしろこの映画に対するブラッカイマーの製作者としての気概一 正直私はこの作品で、売れそうな作品ばかりを世に送り出している印象のある製作者ブラッカイマーを見直した。もしかしたなら彼は、今のアメリカでは失われつつあるものをこの作品によって描きたかったのかもしれない。巨大化した利益追従型のメディア・ジャーナリズムが蔓延るアメリカ 一 余りにも彼を過大評価しすぎかもしれないが、この作品が純然たるハリウッド映画だったならこのコラムに取り上げないばかりか、まるで詭弁だらけの偽善的な社会派映画としてしか観ることができなかったかもしれない。
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