EMITHIC&CELTIC

東北とケルトの映画案内/Emishic and Celtic world on the screen 文/古山けい



●寄稿者プロフィール
ライター/日本映画学校卒業。98年頃からエンターテインメント系媒体で映画紹介、批評などを執筆。


入り口は、どなたでも御存じのこの2本

“東北”、“ケルト”をキーワードに映画を紹介するコーナー。第1回目は、あのハリウッド・スター、メル・ギブソン監督、主演作『ブレイブハート』と、山田洋次監督作『息子』である。この2本の作品には、一見なんの共通点も見い出せない。『ブレイブハート』は、13世紀スコットランドに実在した男の愛と独立解放の戦いの半生を描いたヒストリー・アクション・ロマン。かたや『息子』は、“家庭崩壊”が語られる昨今、父親と息子の姿を通して、本当の幸福とは何かを現代に問いた人間ドラマだ。しかし、ジャンル、製作国、言語、背景とされる慣習、文化なども違うこの2本の映画のラストには、じつに興味深い類似場面がある。『ブレイブハート』では、主人公が見る、もうそこに居るはずのない“亡き妻の姿” 一 『息子』では、父親の照男が見る、かつては確かにそこにあった“家族団らん”の光景 一 “既に失われてしまった何かへの郷愁”という解釈も可能な2つの場面だ。
 郷愁とは、大抵記憶の彼方にある。たとえばそれは、かつて愛した人かもしれないし、家族かもしれない。もしかしたら家や町や山かもしれない。郷愁という感情は世界共通だ。しかし、この2本を並べて、そんな情緒を人に喚起させる場所として、“東北地方”、“ケルト地方”がうってつけというのは少し飛躍が過ぎるだろう。だが、少なくとも古山拓が描く“東北”、“ケルト”をテーマにした画(スケッチ)から受けるある種の“郷愁”と、『ブレイブハート』、『息子』のラストの描写は、共通の情緒感があるように思うのだが、如何なものだろう。一度、『ブレイブハート』、『息子』、そして古山拓のスケッチを並べて、それぞれの郷愁の在り処を探ってみるのもいいのではないだろうか。自分にとって大切な何かに触れることができるかもしれない。
 因みにこの2本の作品は、もう一つだけ冗談のような繋がりがある。それは、“アカデミー繋がり?!”。『ブレイブハート』は、1995年度アカデミー作品賞をはじめ5部門を受賞。『息子』は、1991年度日本アカデミー賞作品賞4部門を受賞している。国は違えどその年の権威ある賞(両国アカデミー賞には、常に賛否はあれど……)を獲得した作品だ。特に『息子』は、他にも、1991年度毎日映画コンクール日本映画大賞、1991年度報知映画賞作品賞、1991年度キネマ旬報ベスト・テン邦画部門委員選出ベスト・ワン、1991年度日刊スポーツ映画大賞作品賞と、その年の国内映画賞をほぼ総ナメにした作品だ。
今回、ホームページ開設第1回目ということで、超メジャーな作品をこのコーナーの入り口に添えてみた。次回からは、テーマをもうけて、隠れた良質な作品も紹介しますので、こう御期待を!


今月の映画
『ブレイブハート』
(1995年/監督:メル・ギブソン 脚本:ランダル・ウォレス 出演:メル・ギブソン、ソフィー・マルソー)
13世紀スコットランド。幼少期、イングランド国王エドワード1世の侵略により家族を殺害されたウィリアムは、異境の地で成長し久しぶりに帰郷する。彼は、そこで幼馴染みのミューロンと再会し恋に落ち、やがて結婚をするが、彼女は彼の目の前で駐屯中のイングランド兵に殺されてしまう。復讐を誓ったウィリアムは、抵抗軍を組織し英国軍に戦いを挑むが…… 。



『息子』
(1991年/監督:山田洋次 脚本:朝間義隆、山田洋次 出演:三國連太郎、永瀬正敏、和久井映見)
東京でアルバイト生活をおくる哲夫は、母親の一周忌で実家の岩手へと帰郷した。一周忌も終わり、それぞれの生活に戻る兄と姉は、母の死後、すぐれない体調を抱え一人暮らしをしていた父親の照男を心配し、次男の哲夫をしばらく実家に残す。しかし、東京でその日暮らしをしていた哲夫は、彼に小言をいう照男と上手くコミュニケショーンがとれず東京へ戻ってしまう。そんなある日、昭男は戦友会に出席するため上京することになり……。

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